神戸バプテスト教会 神戸市中央区 北野坂の異人館通りにあるキリスト教会です

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牧師写真(使うことがあれば)

牧師 西脇慎一

こんにちは。初めまして。
神戸バプテスト教会のホームページを訪れてくださり、ありがとうございます。

あなたは、キリスト教に興味を持たれて初めてホームページを開かれたのでしょうか。今回はたまたま来訪されたのでしょうか。あるいはキリスト教に安らぎと救いを求めているのでしょうか。

このホームページを通して少しでも神さまの愛をお伝えできれば幸いです。

少しの間、教会のご紹介と私の信仰体験のお話しをさせてください。

「違いの中に働くキリストを告白する群れ ~響きあう礼拝とひろば~」

私たちの教会は、国際都市「神戸」の北野異人館通り1950年に建てられました。異人館の名の通り、仏教寺院や神社の他に、カトリック教会や正教会などキリスト教他教派の教会、またユダヤ教シナゴーグ、ムスリムモスク、ジャイナ教寺院など異なる宗教施設もある多文化の地域に位置しています。私たちは、キリスト教プロテスタントのバプテスト派として、イエス・キリストの主なる神はどのような方であるかを黙想するために、聖書を中心とした交わりの中で毎週の礼拝を捧げています。

あなた方を襲った試練で、人間として耐えられないようなものはなかったはずです。
神は真実な方です。あなた方を耐えられないような試練に遭わせることはなさらず、
試練とともにそれに耐えられるよう、逃れる道を備えてくださいます。

                                                        (コリントの信徒への手紙Ⅰ 10:13)

あなたにとって、キリスト教会とはどのような場所でしょうか?

私にとってキリスト教会は、試練の多い人生を歩むなかで、神の守りを信じるために必要な場所です。
私は生まれた時から教会に通っていました。「神が私たちを愛し、生命を与えてくださったこと」や、「神さまがいつも見守ってくださること」をそのまま信じて育ってきました。
ところが、人生には様々な山や谷があります。私の人生にも苦境が待ち受けていました。渦中にある時には「神が守ってくださること」への信仰が、空虚のように感じられました。神の守りとは何であるか、悶々と考える中で、神はいないという結論に至った時期もありました。

しかし、主なる神は、やはり私たちが苦難を乗り越えるために力を与えてくださる方でありました。

神の守りはないと思っていた私を、絶望に終わらせずに生きる力を与えたのは、やはり神の存在であったのです。聖書箇所にある「逃れる道」とは、その困難自体を回避する道ではなく、困難を最後まで歩み通すことができるように、神の守りが与えられるという意味があります。その神の愛の現れがイエス・キリストであると私は信じています。イエス・キリストは、その生涯の中で貧者、病者、弱者、罪人のところに赴き、あなた方はそのままで愛されていることを伝えて歩まれました。彼らは何か罪を犯したから罰を受けたのでしょうか。いいえ、そうではありません。しかし、現実的にそのような不条理な苦難が私たちの人生にはあるのです。

しかし、神の存在は絶望に終わらない希望の光です。そして、その神はイエス・キリストを通して私たちに愛を示しているのです。私はイエス・キリストを私の救い主として受け入れた時、本当の意味で神の守り、自由にされるということを知ったように思いました。ですから、イエス・キリストの存在は、私たちの救いなのです。

心を尽くして主に信頼し、自分の分別には頼らず
常に主を覚えてあなたの道を歩け。そうすれば
主はあなたの道筋をまっすぐにしてくださる。
                                             (箴言 3:5-6)

 神の愛は、あなたにも向けられているのです。是非、このイエス・キリストの愛を受け取りませんか?
神は、「求めなさい、そうすれば与えられる。」と招かれる方です。
よろしければ、神戸バプテスト教会の礼拝にお越しください。

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