〇聖書個所 使徒言行録 2章1~4節

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

 

〇宣教「聖霊は一人一人の内に」

本日はペンテコステ、聖霊降臨日礼拝です。ペンテコステとは元々は数字の50を現わすギリシャ語でしかないのですが、その日に聖霊降臨が起きたことからペンテコステと呼ばれる記念日、教会の誕生日とも言われるキリスト教の三大祝日の一つに数えられています。

ペンテコステが何からの50かというと、過越祭から数えて50日目のようです。過越祭は、かつてエジプトで奴隷となっていたイスラエルを救うために神が預言者モーセを遣わして民を出エジプトへと導くという出来事を想起するためのお祭りです。具体的には神が下した10の災いの内、「初子の死」という最後の災いを過ぎ越すために、家の鴨居に犠牲となる小羊の血を塗り、災いを過ぎ越した出来事を記念しているのです。ちなみにこの出来事は、新約聖書ではちょうど小羊を屠る日にイエス・キリストが十字架で殺されたので、その人々の罪の贖いのために犠牲となった小羊がイエス・キリストであると理解されています。

ところで、その過越祭はユダヤ教では実は除酵祭という大麦の収穫の刈り入れを祝うお祭りの期間と重なっています。実は除酵祭から始まる大麦の収穫から50日目にあたるペンテコステの日が小麦の収穫を終える鎌納めの祭りであります。現在、世界的に小麦不足が起こっておりますが、その一つには世界的な小麦産出国であった国が戦争に巻き込まれているからです。本来であればこの時期は、まさに小麦色に実った小麦がその刈入れを待つ、とても美しい季節であったのでしょう。しかしその場所は今や銃弾が飛び交い、爆弾が埋められているところになっているそうです。その光景を想像するだけでも、本当に悲しく心が引き裂かれそうに思います。

作物の実りは神の恵みであり、多くの人々の喜びの出来事です。詩編126:5-6にもこう歌われています。「涙と共に種を蒔く人は/喜びの歌と共に刈り入れる。種の袋を背負い、泣きながら出て行った人は/束ねた穂を背負い/喜びの歌をうたいながら帰ってくる。」収穫の時は、人々の日ごとの労苦が報われる時、感謝ひとしおの時であると言っても良いでしょう。

ところが、町中が収穫に喜び神に感謝していた時、弟子たちは家の中に集まってました。なぜ彼らは共に喜ぶことができなかったのでしょうか。先週の聖書個所との関連から彼らの心情を想像すると、天に上げられたイエスさまが約束された「聖霊」が来ることを家の中に閉じこもり、祈りつつ待っていたのではないかと思います。言い方を変えれば、彼らはその約束の言葉にただすがり付き、家を出ることさえできなかったのではないかとも思うのです。イエスさまがいなくなってしまった。私たちはこれからどうしたらよいのだろうか。いつまで待てばよいのだろうか。彼らは恐らく収穫の喜びに浮かれることもできず、そんなことを悶々と考えていたのではないかと思います。

ところがそんな弟子たちのところに来て、そんな彼らのいのちを満たし、新しい働きへと導くものが聖霊であるということをこの聖書箇所は伝えようとしているのです。

今日の箇所は皆さんも何度も読んだことがおありだと思いますが、想像してもしきれないように思います。激しい風が吹いたのか、それともそんな音だけが聞こえたのか。炎のような舌の形をした聖霊とはなんであったのか。分かれ分かれに現れたということは個別のものだったのか、それとも繋がっていたのかなど、イメージは膨らむばかりです。また聖霊が語らせるままに他の国々の言葉で話し出したとはどういうことか、自分の意志の通りなのか、それに反してなのか、はっきりしません。ですから、私たちは今日、この日に何が起きたのかという現象にはあまり立ち入らず、それによって起こった出来事に目を留めて参りましょう。

聖霊が下った時の現象の一つに、弟子たちが色々な言葉で話し出したということがあります。これは伝統的には、「地の果てに至るまでわたしの証人となる」という言葉にある通り、世界中に福音を宣べ伝えていくために聖霊の賜物として与えられたと語られることが一般的です。またそのために炎のような舌が現れたということも、世界中の人々と対話によって繋がっていくという意味があるのでしょう。炎は情熱を現わしますから、決して対話を諦めないという意味もあるのかもしれません。

しかし私は今回、改めてこの箇所を読んでみて、聖霊が下ったことによって弟子たちに起きた最も大切な変化は、言語よりもむしろ弟子たちの内面の変化であったと言えるのではないかと思います。聖霊を受ける前の弟子たちは、収穫の喜びにも動かされずに家の中に閉じこもっていました。しかし聖霊を受けた彼らは、既にエルサレムに来ていた多くの人々の視線を集めることも恐れはしなくなっていました。それどころか、ペトロはその後エルサレムに来ていた人々に、声を張り上げて語り出しています。ヨハネ福音書のイエスさまの表現によれば、聖霊は「真理のみ霊」と呼ばれますが「真理はわたしたちを自由にする。」(ヨハネ8:32)という言葉の通り、彼らの恐れは取り除かれていきました。そして恐れに捕らわれていた自分に与えられた思いの通りの生き方を彼らは歩むようになったのです。「恐れから自由へ」これが聖霊によって彼らの内面に起きた変化なのです。

私は改めてこの箇所を読んだとき、もしかして聖霊が弟子たちに直接他国の言語を与えたというのではなく、彼らが今まで面に出すことをためらっていた故郷の言葉で話すことを、恐れることをしなくなった。聖霊によってよりあるがままの自分を出すことができるようになった言うことなのではないかと感じたのです。この時エルサレムはお祭りでした。もしかして「郷に入っては郷に従え」という言葉のように、より「ユダヤ人らしくあること」が求められていたのかもしれません。それぞれの町々から出てきてエルサレムに入るわけですが、例えばガリラヤの人たちが差別されていたように、例えば神殿に入るに相応しいようなふるまいというものが求められ、弟子たちもまたその空気に合わせざるを得なくなっていたのかもしれません。自分自身として立つことができない時、私たちはその場の空気に順応しますが、しかし聖霊はそのような彼らの生き方に対し、恐れを取り去り、自由を与え、自分自身として神に愛されているのだから、自分自身が生きていきたいように導いたのではないかと思うのです。

私がこう思うようになった一つの聖書の出来事があります。それはその後で語られたペトロの宣教を聞いた人々の反応です。ペトロは聖霊に満たされ、ユダヤ人たちを恐れないようになり、イエス・キリストの復活についてこのように語ります。使徒言行録2:22-24節と36節です。

「イスラエルの人たち、これから話すことを聞いてください。ナザレの人イエスこそ、神から遣わされた方です。神は、イエスを通してあなたがたの間で行われた奇跡と、不思議な業と、しるしとによって、そのことをあなたがたに証明なさいました。あなたがた自身が既に知っているとおりです。このイエスを神は、お定めになった計画により、あらかじめご存じのうえで、あなたがたに引き渡されたのですが、あなたがたは律法を知らない者たちの手を借りて、十字架につけて殺してしまったのです。しかし、神はこのイエスを死の苦しみから解放して、復活させられました。イエスが死に支配されたままでおられるなどということは、ありえなかったからです。」

このように述べた後、ダビデとメシアの関係から神はイエスを復活させたと言い、続けてこう言います。「だから、イスラエルの全家ははっきり知らなくてはなりません。あなたがたが十字架に即けて殺したイエスを、神は主とし、またメシアとなさったのです。」

これを聞いていた人々は心を打たれ、3000人ほどの方が弟子に加えられたと書かれています。この3000人がどういう人たちであったかということは全く分かりません。しかし一つ言えることは、彼らは自分たち自身としてその宣教の言葉を受け止めようとしたということです。イエス・キリストの出来事はペトロも「あなたがた自身も既に知っていることです。」と指摘していますが、彼ら自身も知っていたことです。しかし知っていてもそれを自分の事柄として考えるか考えないかは別物です。もし彼らが信仰生活というものを、あまり考えないでただ漫然と行っているものだとしたら、それは例えばユダヤ当局とかファリサイ派とかそういう人たちが言っていることをただ鵜呑みにしつづけていたと思います。もしそうであれば弟子たちの言葉は耳に入っても留まり続けることはなかったでしょう。あるいは何かおかしいと思っていても、その思いに蓋をしてそのままにして生きてきたのかもしれません。

しかしこのとき恐らく彼らは思ったのです。このペトロの言葉は本当だ。あまり考えないようにしていたけれど、そう信じるに足るものだ。何故ならば、弟子たちは、恐らくユダヤ教側からはタブー視されていたことを堂々と語っている。彼らは恐らく弟子たちのその自由にされた姿、ペトロが語るあまりにも厳しいユダヤ教批判、これを語ったら不都合が起きるかもしれないこと、普通ならスルーしてしまいそうなことを恐れることもなく語り続けたその姿やその語られた言葉に自らの姿を振り返らされたのではないかと思うのです。

聖霊の働きというものは、言葉を通して、一人一人の事柄になることです。ここでバプテスマを受けた人も、もしかして自分の生活環境を考えてみれば、後からユダヤ人たちに何を言われるかわかりませんから、そのリスクを考えると容易にその決心はできないものだと思います。でも彼らは、そのリスクを恐れないペトロや弟子たちの姿を見て、自分たちも教えられたものを生きるのではなく、イエス・キリストに在って自分たちの生き方を生きていくという道を歩んでいきたいと感じたのではないかと思うのです。でも、それが聖霊に打たれるというか、導きであるのです。

先ほど、私は聖霊が下るまで、もしかして弟子たちは自分の故郷の言葉をこれまでは話すことができなかったのではないかと言いました。でもそれは一つの読み方であり正しいかどうかはわかりません。いや恐らくイエスさまの弟子たちはガリラヤ出身の人が多かったので、そういうことではないのでしょう。しかし大切なのは聖霊によって直ちに他言語が与えられるということでもないのだと思います。何故ならばこの文脈の中では直ちに世界宣教と直結していないからです。

でも恐らく大切なのは、彼らに聖霊が下った時、彼らが自分自身と向き合ったこと、そして世界の出来事と向き合い歩み出していったということです。その思いの中で、彼らは他言語を話せるようになって行ったということでしょう。自分たちとは違う人々と出会っていく。対話をしていくこと。それは自分の心の内だけではできません。その思いが変えられ歩み出していく時に、他言葉で会話をする方々、異文化の世界に生きている方々と共に言葉を交わし、生かされていく思いが与えられていくのです。そしてその思いが与えられた時に、その思いに向き合っていく中で、それは実現していくのです。その思いに導いていくのが、聖霊の働きというものなのではないかと思うのです。

弟子たちは家の中に留まっていましたが、聖霊を受けて、前向きになりました。聖霊は彼らのいた家の中に響きました。イエスさまは祈る時は「奥まった自分の部屋に入って祈りなさい」(マタイ6:6)と言われますから、彼らが家にいたのはある意味正しいことだと思います。でも、神はその家を揺らされたのです。その日彼らがいた家は激しい風のような音が響いたそうです。その家とは、彼らにとっては祈りの場所であり、居場所であり、平安の場所、安全地帯でありました。しかし、神はそこを揺らし、他者とつながる言葉、つまり出会いに出かけていくように導くのです。この家に響いた「風」とは、旧約聖書では「霊」や「息」を意味するルーアハと言う言葉と同じ意味合いです。このルーアハが土の塵で造られた人間の鼻に吹き入れられることで生きる者となって行ったように、彼らもまた聖霊の息吹に吹かれ、自分たちだけではなく多くの方々と共に聖霊の導きによって新しく生かされていくように招かれたのではないかと思います。

聖霊を受けた弟子たちは、恐れることなく、その福音宣教の働きに邁進していきました。彼らの家とは彼らの心そのものであります。しかし自分の心に閉じこもりから出会いに導かれる、彼らの心から恐れや迷いを奪い去ったのが、彼らの内に内在した聖霊の働きなのです。

私たちが生きているこの社会にも様々なところで私たちが自分らしく生きていけないような縛りがあります。しかし神はそんなわたしたちに聖霊を送り、神が愛された自分を、同じように神が愛されている他者と共に生きて生きなさいと招いておられるのではないでしょうか。イエス・キリストはそんな私たちのために命を献げられました。それは今私たちにその思いが委ねられているということです。主のみ言葉に共に生かされて参りましょう。